よろず屋ダイアリー

世の中の理不尽さを愚痴ったものが多いです。

「俺を信じるなら俺の信じる人たちも信じられるよなァ(ニッコリ)」について

 
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僕には「オレが信じる〇〇(人の名前)を信じろ!」とよく主張する友人がいた。

 この主張はいわゆるお前(僕)がオレ(友人)を信じるなら、オレ(友人)が信じる××(友人の友人)も信じて当然というものなのだが…

 

自分でもどう説明したらいいか分からない。

 

 つまりオレ(友人)と友だちになれたんなら、オレ(友人)の周囲の連中とも繋がったも同然だと言ったところか…。とある漫画の作品で例を出してみる。

 

 

マカを信じるならばマカが信じる人たちを信じることもできるということに気がつき自信を取り戻す。

 ※ソウルイーターwikipediaより出典

 

 

確かに人と友だちになると言っても、その友だちの周囲の連中にまで気を配る必要なんて果たしてあるのだろうか…。あくまでこっちが関わりたいのはあなただけであって、あなたの周りの人間には全く興味が無い。

 

 僕がクロナだとすると、マカとは是非関わりたいと思っているが、マカの周囲の人間であるソウルやブラック✩スターとも関わりたいわけではない。むしろ嫌味を言ってくるのであれば信じたくもないていうか信じるって一体何なのか。その人を信じる、信じられないの幅こそ人それぞれだし、一口に信じると言われてもあまりに抽象的で意味が良く分からない。

 

 自分にとって友人とは期待・依存しないもので、せいぜい6割程度で関わるものだと思っている。「私を信じるなら私の信じる人たちも信じられますよね(暗黒微笑)」ってある意味一つの脅迫に見えて恐ろしいとさえ思っている。

 

 

 僕の友人の場合、僕を無理やりそいつと関わらせて、こちらが文句を垂れると「社会に出たらそういうこともあるんやぁぁぁ!」と根性論を披露し、こちらの要求を一切受け入れない。

 

  結局僕はそいつと距離を置き、やがて疎遠…になった。このまま関わっていてもこっちがその根性論に潰されてしまいそうだと判断したからだ。

 

 

 結局何が言いたいのか分からない内容になってしまったが、要するに友だちを信じる範囲は自分でコントロールして良いと思う。これは友だちに干渉されるものでもないし、されるべきではないと思ってる。

 

 友だちの友だちを信じられるのは素晴らしいことだと思うけど、決してそれはできなければならないものではないし、ましてや信じさせるものでもないと思う。

 友だちが信じるもの全てを信じられる必要はまずない。全てを信じるのが当たり前だと言う人に対しては距離を置くべきである。