よろず屋ダイアリー

世の中の理不尽さを愚痴ったものが多いです。

所有してから気付く もの の価値

 昔はゲームやカードに興味を持っていた。ゲームはN64GC。カードは主に遊戯王OCG。

 

 小学生の頃、友だちとよくそれらで遊んだものだった。彼らは僕が持っていないようなソフトを持って来てくれることもあり、一緒に遊んだりもした。自分が持ってないソフトで遊ぶのは楽しいし、すごく新鮮な感じもした。

 

  特に遊戯王カードについては、みんな僕がほとんど持ってないようなレアカードをたくさん持っていた。

 

 

 当時の僕にとって、どれも憧れのものばかりだった。しかしそのほとんどは手にすることができず、友だちのそういう姿をただ眺めてるだけしかできなかった。

 

 最近になって遊戯王カードを購入した。カオス・ソルジャー、ギルフォード・ザ・ライトニング、混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン)-終焉の使者が手に入った。どれも僕が欲しいと思っていたカードである。

 

 しかし手に入ってしばらくしてから、それらのカードを全て売却した。子どもの頃からずっと欲していたにも関わらず…だ。

 

 子どもの頃から欲しいとは思っていたけど、今はいらないものならともかく、ずっと思い続けていたものでも、スッと捨てられた理由を個人的に考えてみた。

 

 

①それを1度でも手に入れたという実感を得たかったから

 「これは完全に自分のものだ!」という所有欲を満たしたかっただけで、それさえ満たせさえすれば、もうその後は手に入れたものなんてどうでもよくなる。

 

②手に入れたものが自分が想像していた以上に価値のあるものでなかったから

 ものというのは、1度でも手にしないとその価値は分からない。実際に手にした結果、あまり感動しないようなものだったがために、即ゴミ箱行きということに。

 

ピンときたものがあればとりあえず入手すべき。それからその後のことを考えれば良し。

 ものを手に入れ、「これは使える!あれは駄目だ使えねぇ!それもう飽きたから捨ててしまいたい!」を何度も繰り返し、最終的に自分にとって何が必要なのかを学んでいく。

 まずは誰が何と言おうと、少しでもピンときたものがあれば手に取ってみた方がいいと思う。必要なものなら使い続ければいいし、いらなければ捨てればいい。少なくとも迷い続けて半端な決断を下すくらいなら。