よろず屋ダイアリー

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友人の友人は別に信じなくていい

 
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 自分の友人は信じることができても、その友人が信じる人たち全てを信じることができるかと言われれば、僕には到底できないだろう。

 

 親だってそうだ。自分の子どもを信じることができても、その子どもの友人までは信じることが難しいだろう。逆もまた然りで、自分の親を信じることができても、その親の愛人となるとなかなか信じられないだろう。

 

 一つのものを信じてるからといって、その周りに存在するもの全てを信じなければいけないなんて決まりはない。むしろ信じられなくても別に構わないと思ってる。

 

 「オレたち友だちだろぉ…?だったらお前もオレの信用する連中(不良グループ)のことを信じるのが普通だよなぁ…?」

 

 不良グループとまではいかなかったが、僕が昔関わっていた友だちの一人が本質的にはこんな感じだった。

 

 僕がその友だちの信じる人を信じられないと発言したら、「お前はオレの信じている人が信じられないと言うのか!!だったらオレはお前とは関わりたくない!」 と一方的に仲違いしてしまった経験がある。

 

 もちろん、そのときはその仲違いした友だちと表面上で仲直りはしたものの、それでも僕には、仲直りしたその友だちが信じる人のことをどうしても信じられなかった。いつか何らかのかたちでまた揉め事を起こすだろうと思っていた。

 

 何か問題が起こる度に、友だちと揉めてしまうのであれば、最早その友だちとは歯車が噛み合わないも同然なので、さっさと縁を切った方が良い。縁を切ったことで、その友だちから攻撃されるのなら、辛いことだとは思うが必死に耐えて、「思い通りにならないからって、こっちに攻撃を加えるなんて、切って正解だわww」と思い込もう。

 

 友だちはいざというとき助けになるかもしれないが、そのいざというときだけのために、クソ面倒臭い人間関係を維持しなければならない。そしてそのときが来るまで自分がその人間関係のせいでくたばってしまうのであれば論外である。

 何かあったら助けてくれるとか、安心できるだなんて言っても、そのために自分の心が壊れてしまっては本末転倒なのである。

 

 保険は大事ではあるが、それを維持する対価を支払う途中で死んでしまっては元も子もない。

 

 僕は友だちが本当に必要だと思うのは中高生までだと思っている(人にもよるだろうが)。大人になると、自分にとってメリットのない人とはそもそも関わらなくなる。だから大人になってから無理に新しい友だちなんて作る必要はないだろうし、そもそも面倒臭いように思う。

 

 ましてや「オレを信じられるなら、オレの周りの人たちのことも信じるのが当然!!」といった独善的なルールを押し付けてくる人とは有無を言わずさっさと距離を置くべき。

 

 お互い特に気を張ることもなく、気が合わなくなったら「はい、さよなら」な関係が一番長続きするだろうし、僕にとってもこういう友だちの方が何より関わりやすいし、気疲れしなくて済む。

 

 大抵の人がこのパターンだと思うが、どうだろうか?

 

 友だちはせいぜい腹六分目で関わるのがベターで、大して期待を寄せてあげないことが大事である。「永遠の絆!!」とか「たとえどれだけ離れていても、オレたちはずっと友だちだ!!」なんて、サムネの画像みたく密着してるイメージが湧いてくるので気持ち悪い。

 

 友だちは基本的にドライに接するのが丁度良い。それ以外は何か面倒臭いから去る。