よろず屋ダイアリー

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世間体は恋人なのだろうか


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 日本人は世界中で周りの目を気にする民族でもある。そのせいで1人で昼食を食べるくらいなら便所飯をしたり(僕も一応経験済み)、英単語を流暢に発音できなかったり、集会で異論を唱えられなかったり、様々な不自由が伴う。今思えば少しもったいないなぁとも思ったりする。

 

 要するに世間体等を気にしている人が圧倒的に多い。そのせいで変な見栄を張ったり、やりたくもない仕事を延々とやり続けたりする。それらのせいで精神を病んでしまう。実にアホらしい。

 

 それほどまでに世間体に執着する人々を見て、僕は彼(彼女)らは世間体が恋人なんじゃないかとさえ思ってしまう。

 

 実際に恋人を基準に考えてみれば分かるかと思う。自分の時間や労力を犠牲にした上で、相手の機嫌を損ねないように注意したり、何かを奢ったりして相手を喜ばせたり、周りからも素敵に思われるよう振舞ったりする。

 

 人が世間体を気にする際にも、恋人のときと似たようなことをしているのではないかと思う。

 

 

 つまり世間体を常に気にかける人は、概念と愛を育んでいると捉えることもできる(笑)

 

 

 良い仕事に就いたり、結婚して子どもを産むのも、全ては世間体という概念と恋をしているからだと思えば分かりやすい。彼(彼女)らにとって、世間体という恋人はすでに擬人化されたものであるからこそ、常に気にかけたいとさえ思えるのだ。ただ、世間体には生殖機能がないのも事実だが、常に気をかけられるほどの魅力が、その世間体には備わっているのだ。

 

 年配の方々なんかは特に、世間体に夢中である。「年収は〇〇円!!」「子どもは最低でも2人!!!」「一生その企業で働く!!」何年経っても、その考えに執着しているのを見ると、年配の方々は概念様との健全なお付き合いが今でもできているのだなぁとも思う。

 

 以上、概念とも愛を育めないよろずやダイアリーでした。