よろず屋ダイアリー

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他人に手を差しのべるのは、その人を支配したいから


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 支援してくれる人は、こんな世の中にも一定数いるものである。人は助け合うことで生きていける。しかし
現状はやはり、助ける人が一方的に弱者を助けるだけである。実際にお互いが助け合うという展開はあまりないんじゃないかと思う。

 

 助ける人についてだが、損得勘定で考えると、助ける側が不利なのは言うまでもないだろう。助けられる側は、大した恩返しなどできないのだから。

 

 それでも、人を助けるのにはやはり理由がある。性格上、困っている人間をほっておけないだとか、放置しておくとその人間が暴走して手に負えなくなってしまうからだとか、助けるという恩を与えることで、逆にその人間を支配するなど、いろんな理由がある。

 

 

 助ける側の人間>助けられる側の人間という図式が完成してしまうと、助ける側の人間はどうしても、助けられる側の人間を見下したり、自分の意のままに操りたいと思うようになる。

 

 この図式は助ける→助けられるという状態が一定期間続くことで成り立つ。

 

 サポートセンターやお悩み相談所等では典型的にこの例である。「助けてあげよう(*´ω`*)」と寛大的に見えるものの、サービス内容などについて不満を述べるだけで、向こうは一気に嫌な顔をするだろう。「何やねんこいつ…(💢゚Д゚)上から目線で何調子に乗ってやがんだよ…!!!」と。そんな雰囲気を感じ取れたのなら、向こうは弱者を支配したいだけの悪人である。

 いのちの電話なんかは、自殺志願者を助けると謳いながら、実際にやっていることは「相談者の話を   聞   く   (笑)   」である。こちらは弱者を支配したいだけというか、自分たちの的外れな行動が人を救えると勘違いしている(金のために嫌々ながらというのも多数かもしれないが)人たちである。

 

  

 人助けというのは、助ける側にも何らかの利益があるか、不利益を回避するために行われるものだ。助ける側が圧倒的に不利になるならば、そもそも他人を助けることはまずないと言っていいだろう。

 

 そして人を助ける以上、その助けられた人に感謝の意を求めてくる。「私は別に感謝なんて求めてないよ!」と主張する人も、無意識ながらにそれを求めているのは明白だ。

 

 他人を支配したいという気持ちは、人助けにおいてもその本質が露呈する。「せっかく助けてやったのに、何だあの態度!!」「あのとき困ってるお前を助けてやったのは誰だと思っている?いいから黙ってオレの言う事を聴け!!」大なり小なり世の中はこんなものである。

 

 

 他人に支配されるから救助を拒めという感じに取られそうだが、僕としては、他人からの救援はチャンスだと思って、思いっきり利用してやるべきだと思う。

 自分が「ひょっとしたらオレは利用されているのでは?」と感じ取った偽善者なら勝手に離れて行くし、それでも離れて行かないなら、その人にほんの少しだけ期待してみるのもアリだと思う。

 

 

 助けてくれる側も損得勘定で動くため、どうしても支配欲が出てくるのは仕方のないことだ。しかし圧倒的に不利な立場であろうとも、助けてくれる人間だけはこの手で選びたい。どうにか自己利益しか考えない偽善者を引いてしまわぬようにしたいものだ。