よろず屋ダイアリー

健常者もどきの20代♂による雑記

得意なこと=好きなこととは限らない

 僕は生まれつき他のものにほとんど関心を持つことができない。要するに心からやりたいと思えることが何もないのだ。

 

 

唯一それに近かったのは英語かもしれない

 中学から始まった英語はそれなりに継続した。成績も人一倍高く英検も取得するなど、普通に得意分野と呼べるものであったが、リスニングやスピーキングがからっきし駄目だった。

 好きだと思えることの中にも当然、苦手な部分というのはある。しかし本当に好きだったら、その苦手な分野も克服しようと思うはずである。しかし僕はそれらを無視し、ひたすらライティングとリーディングに時間を割いていた。

 

 つまり英語なんて本来どうでもよく、得意なことを延々とやっていただけなのだ。高い成績も相まってか、周りからはただ英語ができるヤツとしか見られていなかった。そのせいで、誰も僕のやっていることを咎めてくれる人はいなかった。人にあれこれ指図されるのは嫌だが、このときだけは誰かに声を掛けて欲しかったと思う。

 

 自分だけの特技を持つということが、何より僕には重要だったのだ。しかし結局そんなものは何一つなかったのだ。むしろそんなことに固執していたからこそ、自分を見失っていたのかもしれない。僕は英語の一部の分野はできるが、それ以外は実は嫌いだったのである。そしてその嫌い分野も、他の分野を極めれば補えるという幻想に囚われていた。

 

 結局、リーディングもライティングも能力値の限界を知った。英語を極めるなら、日本語も同様に極めなければならない。当たり前の話だ。僕にはそれができなかった。それでも努力すれば伸ばすこと自体はできたかもしれない。でもそこまでして伸ばそうとは思わなかった。それ以前に、英語に対する意欲の程を知るべきだったのだ。得意なことと好きなことを履き違えていたために、意味のないことをしてしまっていた。得意=好きではないという当たり前にもっと早く気付きたかった。

 

 

関心があるようで、実は全く関心がなかったという事実

 前の記事でも書いた通り、英語関連の教科書を破棄しても何も思わなかった。元々は貰い物で、どれも勉強し尽くしたものばかりだったというのが主な理由である。

 

 学生の本分は勉強だ。それは否定しないし、重要なことだと思っている。ただ勉強するにしても、僕みたいな勉強の仕方をすると破滅の道へ一直線だ。僕の手法を選択するくらいなら、堂々と遊びまくった方が遥かにマシである。僕の場合は、英語のライティングとリーディングだけがこなせる状態=英語ができると勘違いしたために起こった悲劇なのである。

 

 体力を消耗させるだけの結果となり、僕の勉強嫌いにさらに拍車がかかった。勉強は学生の本分という言葉に見事に踊らされ、やらなくてもいいことを延々と頑張ってしまった。やっぱり勉強が重要だと言っても、それに追い込まれて精神を病めば本末転倒である。

 

 「勉強?そうだな、やっておきましょか♪」ぐらいに構えておけば良かったものの、「…ねば…やらねばやらねば…!!」と自分を追い込みすぎてしまったのだ。

 

 

別に英語である必要性はなかった

 散々な目に遭ってしまったが、少なくとも英語に関しては全く関心がなかったわけじゃない。いや、そもそも他のものに関心がなさすぎるだけなのかもしれない。

 英語は書くことに関してはそれなりにできるが、話したり聴いたりするとなると話は別だ。そもそも僕は外国人と会話を楽しんだり、友だちになりたいとは微塵も思っていない。外国人なんて所詮「OH!YEAH~!!WE ARE FRIENDS!!!HAHAHA~!!!(肩を一方的に組まれて)」みたいなノリだから苦手である(偏見)。

 

 だったら翻訳家にでもなりたいのかと言われれば別にそういうわけでもない。ただ周りに自分の能力を誇示したかっただけなのだ。たまたま英語ができたことから、それを使っただけの話である。そのきっかけを通じて英語が好きに…なんて都合の良い話なんてあるわけもない。

 

 

 限られた分野だけだが勉強したことについては特に後悔していない。ただ、それに固執し続けたことを悔やんでいるのだ。

 

 

全く手付かずではなかったリスニング&スピーキング

 リスニングとスピーキングだが、全く手を付けなかったわけではない。リスニングに関しては基礎英語3やラジオ英会話をトータルで1年以上は続けた。

 基礎英語はまだしも、ラジオ英会話はどれだけ予習したり、複数回聴いても全く身に付かないばかりか、それ以前に関心すら持てなかった。

NHKラジオ ラジオ英会話 2017年11月号 [雑誌] (NHKテキスト)

NHKラジオ ラジオ英会話 2017年11月号 [雑誌] (NHKテキスト)

 

 スピーキングだが、そもそも周りに英語を話す外国人がおらず(中国人ならその辺にいるが)、仮に話す機会があっても、頭の中で単語が思い浮かばない。それ以前に僕は人と話すのが好きではないし、ただでさえ話すだけでも大変な外国人相手にそこまで労力を割きたくないというのが本音だ。

 

  

 

まとめ

 記事にしてみて分かった。客観的に見ても、英語に興味がないのは明らかだった。にも関わらず僕は、偏った努力だけで得意なものを好きなものに変換しようとしていた。実にアホなことに時間を割いてた自分が憎い。

 

 せいぜい英検やTOEIC以外に英語をやる目的なんて見当たらない。どれだけ自分にとって自信のある能力でも、それを好きになれるかどうか、将来的にそれを活かしたいと思うかどうかは別次元の問題だ。

 

 人類が夢だのやりたいことだの言い始めたのはここ最近の話だ。石器時代にサラリーマンになりたいとか、漫画家になりたいなんて言った人がいるかって話だ。

 人間も他の動物と同じく、狩りして食って寝ての生活がスタンダードだった。やりたいことや好きなことはもちろんあるに越したことはない。しかしだからと言って、自分の得意なことを無理やり好きなことに結び付けるのは止めて欲しい。

 

 

 久しぶりに個人的には長く書くことができた。ブロガーと呼ばれている人たちは、この程度の文字数は朝飯前で、内容も遥かに読者を惹き付けるものなのだろう(嫉妬)。

 

 前に書いた記事を元にしていても、書き方を少し変えるかするだけで、読者への伝わり方も大きく変わる。なんだか結構面白い。

 

 よろず屋ダイアリーでした。