よろず屋ダイアリー

元不登校・HSP・ASD疑惑マンの思考回路

2つ以上だとやる気が削がれて、結局1つのことしかできない


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 人間の集中力には限度がある。基本的に2つ以上のことを同時にこなすことはできないのだ。正確に言うと全くできないというわけではない。2つ以上のことに取り組んだとしても、成果はいまひとつのものになりやすい。勉強と授業を上手く両立させるというのが、2つ以上のことに取り組むという上で、最も分かりやすい例だろう。

 

 

複数のことに取り組めるというのは、切り替えがいかに上手いかに依存する

 こんなことを言うのもアレだが、両立と言っても例えば全力疾走しながら片手で教科書を開いて重要な単語を暗記するとかそういう意味では断じてない。それは誰にもできない。両立というのは、いかに切り替えが上手くできるかなのだ。

 

 時間があったとしても、2つ以上のことに取り組むのが難しいとされるのは、別のことに頭を切り替える際に、莫大なエネルギーがかかるからだと思う。そして多くの人はそこで意欲が低下してしまうから、結果的に2つ以上こなすのが難しくなる。しかし体力のある人は、この切り替え時に体に負荷がかからないので、いろんなことに取り組めるのだ。

 

 

運動しても身に付くのは主に筋力だけで、自身の体力という上限が解放されるわけではない

 学校の授業とかでも結構しんどかった。昼食時を除けば、10分以内に次の科目へと頭を切り替えなければならない。慣れこそしたが蓄積する疲労は変わらず、家に帰れば毎回疲れ果てていた。

 

 よく「体力がなければ、ジョギングとか筋トレをすればいい」という話は聞くが、確かに体を鍛えれば肺活量や筋力は増す。しかし何故それで体力が増えるという道に直結するのかが良く分からない。

 あくまでそれらはスポーツをするときだけの話であって、やったからと言って体力の回復が速くなるわけではないし、体力の上限が増えるわけでもない。体力はあくまで体力であって、筋力とかにはあまり比例しないと思うけど、病気や怪我で極端に筋力が落ちている場合だと話は別かなぁとは思うけど。 

 

 

主に精神面によって変動する

 体力は最早生まれ持ったときに上限が決まっており、もしも仮に「最近体力が増えたなぁ」とか感じる機会があるなら、それはおそらく環境や自身の心境によるものだと思う。それら次第で人は元気になったり疲弊したりする。

 

 そして何か気に病むことがあるだけで、体力は8割減である。僕もメンタル面ですぐに不調になる。体力のある人は精神的にも強かったりするので、余程のことがない限り気に病んだりしないのだ。

 

 

まとめ

 ソシャゲにハマっている間は、旅行に行くのもアニメを見るのもかなり億劫だった。何かに熱中するということは、その分脳がその何かに圧迫されることを意味する。僕の場合はソシャゲに圧迫されていたため、他のことがおざなりになっていたんだと思う。時間があったとしても、切り替える体力がなければ正直どうしようもない。

 

 英語の読み書きをやりまくっていたときもそうだ。遊びは去ることながら、オープンキャンパス等にも行かなかったくらいである。切り替えが苦手な僕にとって、2つ以上のことをこなすなんて無理ゲーだった。

 

 体力のある人なら、高校生という忙しい時期でもしっかり勉強し、オープンキャンパスにも行き、休暇には旅行や短期留学もする。「面倒臭いなぁ…」とは思いつつも、メンタルゴリラのみんなは行動しているのだ。

 

 一方で僕は英語の勉強しかしておらず、それ以外のことが全くできないままだった。あるとき英語の勉強を止めた結果、他のことをやろうという意欲が高まった。英語に脳を潰されていたんだと思うと同時に、自分は物事を並行してこなせないなと確信した瞬間でもあった。

 

 1つ1つ確実に用事を潰してからでないと、他のタスクに切り替えられない。パソコンで例えると、別のウィンドウを開きながらまた別のウィンドウを開いて作業するようなものだ。当然ながらパソコンにもその分負荷が掛かる。

 

 体力というのは、基本的に上限付きのステータスに等しい。運動しても増えるのは筋力だけで、物事を瞬時に切り替えるスタミナまでは身に付かない。確かに行動を起こすのに最低限の筋力は必要なので、あるに越したことはない程度。体力を増やすための運動(そもそもあまり意味がない)がいつの間にか体をきたえるという目標にすり変わっていることもあるから気を付けるべきである。

 

 あぁ、本当に物事をスッと切り替えられる人が羨ましい。こちとら1つのことを完全にやってからでないと、別のことに手が回らないってのに…。