よろず屋ダイアリー

元不登校・HSP・ASD疑惑マンの思考回路

趣味なんて所詮は一過性のものでしかない

 
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「趣味は?」と人から聞かれても答えられない。アニメ、旅行、筋トレは確かに取り組んでいることだが、他人の基準が分からないから迂闊に答えられない。下手に答えようものなら、夢や「やりたいこと」に勝手にタグ付けされてしまう可能性があるのだ。筋トレと答えればボディビルダー、料理と答えれば料理人、カードゲームと答えれば決闘者(デュエリスト)だ。「なんで趣味が夢に直結せにゃならんのや!慌てるなよ!!」と言いたくなる。

 

 

一定の基準を満たさないと趣味とは言えないって何ルールよ?

 趣味なんてものは基本的に一過性である。未来永劫続くものではないと思う。自己紹介にて僕も趣味をいくつか挙げたが、どちらかと言うとどれも習慣という側面が強いと思っている。筋トレはするが、あくまで体が鈍るのを防ぐ手段としか思っていない。ダンベルだの腹筋ローラーだの、別にそこまで関心なんて持っちゃいない。腹筋も割れるくらいにまで体酷使しとれへんっつーの。

 

 そういう人たちは例えば趣味が歯磨きだとすると、歯ブラシのデザイン・磨き心地に拘ったり、磨き方の心得とか意識しているんだろうか。「見てくださいこの真っ白い歯を!!日々の取り組みによる賜物です!」と自慢するのだろうか。趣味ぐらい個々のペースに配慮してくれてもいいと思うのだが。

 

 

永遠に続く趣味などない

 昔の僕の趣味は絵を描くことだった。しかし絵を描くと言っても、好きな漫画・アニメ作品の模写は一切せず、ただ適当にそれらの作品を参考にして、独自のオリキャラを作ったりしていた程度だ。

 

「この作者の絵柄が好きだ!」と本気で思えるようなことは決してなかった。一時期はあったかもしれないが、それでもすぐに他の作者の絵柄に飛び込んだりしては、また別のところに行ったり来たりを繰り返していただけだった。画力がないのは去ることながら、僕の絵柄もなんか…何かに強く影響を受けたような感じがほとんどなく、つまらないの一言で片付けられるお粗末な出来だった。

 

 客観的に見ると、一体何がしたいのか分からないと言いたくなるレベルだろう。しかしこれに関してだけは、実際に僕もそう思ってる。よくそんなものを趣味だと思い込んでいたなと自分でも言いたくなるぐらいだ。

 

 今では完全に捨て去った黒歴史で、代わりに旅行という新たな趣味に切り替わった。こちらはよく分からない絵描きなんかよりもずっと面白くて良い。

 

 しかしそれで旅行関係の仕事に就きたいかと言われると別にそうは思わない。あくまで旅行とは、自分自身が楽しむために行うものなので、赤の他人の旅程表なんかクソどうでもいい。

 

 

人前で趣味について話したくない

 筋トレですら趣味として始めたのは最近の話だし、食事や睡眠、歯磨きといった健康維持のための活動に昇華してしまっている。そんな僕にとって、筋トレが趣味だと思われることは、生命活動そのものが趣味と化してしまうことを意味する。…もう筋トレは趣味と呼ばなくてもいいかもしれない。

 

 英語もかつては趣味と呼んでも差し支えなかった。しかし今はもう趣味などではなくなった。かつて周りからは通訳だの英語教師だの言われたが、そのどれにもなれていないという(笑)時間を掛けに掛けた英語ですら、結局最後は根を上げて止めてしまうほどなのだ。そんな流動性の激しい趣味を、夢とか「やりたいこと」に結び付けないで欲しい。

 

 趣味が日々変遷を遂げるのは僕だけに限った話ではないと思う。人に話したときよりも、内容が大きく変わっていたりするものだ。

 

野球が趣味→プロ野球選手とか甲子園出場

裁縫が趣味→服のデザイナー

動物の飼育が趣味→獣医

 

みたいな短絡思考の人とはお付き合いしたくない。得意or単にしたいことだからやってるだけなのに、いちいち話を大きくするなって思う。

 

 子どもの頃は球技系のスポーツが趣味だったが、年寄りになって体が動かせなくなった今は囲碁や将棋が趣味になったというケースも多々あるだろう。そういう人たちに対して「わぁ、すごい!じゃあ加藤一二三さんとかご存知ですか!?来週講演会があるんですけど、将棋が好きなら聴きに行きますよね!?ね?ね?」とか相変わらず口うるさく言ってくる人も数多い。趣味だったら超ハイレベルのことをすべきみたいな固定観念をお持ちの人はマジで面倒臭い。

 

 

まとめ

 何度も言うが、趣味や好きなことというのは頻繁に変化するものだ。進学や就職、結婚や離婚など、ライフステージが変化する毎に更新していくのが普通ではないだろうか。かつて離れた趣味でも、心境の変化とかでまた似たようなものに着手するかもしれない(僕の場合はソシャゲのみ当てはまった)。しかし全く同じ趣味にずっと拘っている人を見ると、その人は執着心の塊なんじゃないだろうかと思ったりはする。

 

 最後にもう一度言うが、趣味を将来の夢に結び付ける人の心境がこれっぽっちも理解できない。まぁそういう人は、自身の趣味が夢に昇華した人が大半なんだろうけど。