よろず屋ダイアリー

健常者もどきの20代♂による雑記

自信は与えられるものでなく、自ら育むもの


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 内気だったり不器用な子どもに対して、何らかの補助を入れたりして「ほら、君だってやればできるんだよ!!だから自信持ちなよ!」なんて言う大人が一定数いる。

 

 子どもを励ますという意味では聞こえがいいかもしれない。しかし、そんなことをしても自信を持てない子どもだってたくさんいると思う。どんなに人を否定する言葉を使わなかったところで、その子どもが他人の補助なしに、目標を達成できなかったという結果は変わらない。そして子ども自身もそう自覚している。補助しておきながら「ほら、できたやん!!(^-^)/」なんてある意味大人の一方的な押し付けにしか見えない。無理やり子どもに牛乳を飲ませても、思い通りに成長してくれるとは思えない。

 

 

失敗する人を持ち直すことって滅茶苦茶難しいのだろう

 だからと言って「グズ!ノロマ!!」と罵倒すればいいのかと言われるとそれも違うし、「それはお前にはできないんだから、諦めて他のことやれ」も必ずしも正解になるとは思えない。補助を入れず、ただ闇雲に頑張れコールを連発するのもむしろ間違いだろう。

 

 結局のところ冒頭で述べた、成功したと実感させる方法が正しいという感じになってしまう。しかしこの方法も、罵倒したり諦めさせたりやらせ続けたりするよりかはマシという程度でしかない。子どもに自信は付かずとも、能力だけでも身に付いているだけ、まだ救われていると考える人は多いと思う。

 

 自信が出るのは主に何かしら成功を収めたときがそうだ。失敗したとしても、その中に学びがあれば何か残ると思ってる。

 

 しかし他人からあれこれ干渉されると、せっかく手に入れられたであろう自信を奪われてしまう。「オレのおかげだな!!」「お前は1人では何もできないのだから、常に周りの人の顔色伺えよ!!」「おい、もっと感謝しろ!何だその態度!」みたいに恩着せがましく言ってくる連中は、ブラック企業経営者の適正を持った支配者だ。指導のやり方として論外だが、この方法を使う人は結構多い。

 

 

結果や他人の雑音がどうあれ、やるだけのことはやったと開き直るのも1つの手かもしれない

 僕も不器用な人間である。主に図工や技術が苦手分野なので、高確率で何かしらヘマをやらかし、他人の補助が介入する。そしてその他人が作品の8割ほどを完成させてしまう流れだ。この状態で「君もやればできるんだゾ✩」なんて言われても、一体どうやって自信を付けろと言うのか。自信どころかそもそも達成感すら湧いてこない。人間、苦手なことをやり過ぎるとむしろ自己肯定感が下がる下がる。

 

 結局のところ、黙って見守るのがベストなのではないかと思う。手伝うということは、その人に「あ、自分はダメなんだ…」と思わせる要因になってしまう可能性があるが、できるまでずっと待ち続けるのもその人の為にならないだろう。

 

 どちらにしろ、失敗する人に対しては適切なフォローなんか入りっこない。「失敗してもやり直せばいい」なんて言われても、連続で失敗し続ければ流石に呆れられたり、怒られたりもする。「やりたくもないこと」に何度も失敗して、極大労力の末ようやく掴み取れた成功に何の価値があるのか。むしろデメリットだらけなのではないか。

 

 不器用さが治らないのなら、せめて人に干渉されず、自分のペースでやることやっていきたい。できるできないはどうでもいい。実際にとことんやって結果を知れば、死ぬとき未練だけはなくせるかもしれない。少なくとも僕はそう信じて、同人誌即売会みたく自分がやれることにトライしていきたい。