よろず屋ダイアリー

健常者もどきの20代♂による雑記

人に嫌われようが、自分が生きやすければそれで良し


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内弁慶なニート・引きこもりはクレーマーになるべし - よろず屋ダイアリー

 

昔こんな記事を書いたことがある。

 

内容が少々過激だったので、マイナス評価という意味で注目されていたのかもしれない。

 

この記事でも、社会に適合できずに閉じこもってしまう人に向けて、何かしら情報を発信できればと思う。

 

社会不適合者でも、別に殻に閉じこもってやる必要とかない

 

自信を失くすと、

 

「オレは世間様に顔向けできない!!」

 

とか

 

「私はなんて駄目な人間なの…。生きてる価値なんてないわ…。」

 

みたいに自己評価まで下がってしまう。要するにネガティブになるということだが、度が過ぎると引きこもり状態にもなりかねない。

 

なので人目なんてものは一切気にせず、図々しい態度を貫けばいいというのが僕の意見だ。しかし元々大人しい人格の人が、急に心臓に毛を生やすなんて難しい話だと思う。

そんな人でも、自分らしく生きやすくするための方法を取り上げてみる。

 

余裕ができたときだけ、他者に気を配ればいい

 

人に迷惑をかけるなだとか、人に親切にしろというのは、ず自分に余裕を持たせてか取り組むべきだと思う。

 

僕みたいに自分を支えるだけで精一杯な人間は、無理してまで他人を助ける必要はないと思う。むしろけようとしても、思考超高速回転してしまい、をどうすればいいのかからなくなるだけだ。

 

助けなかったり親切にしなかったところで、銀行の口座が凍結されるとか、家に火炎瓶を投げ込まれるとか、屠殺されるなんてペナルティーもないんだから、他人のために何か貢献しようとしっかり考えてから動いても遅くはない。

 

「あぁ、他人様がなんか困ってらっしゃる。でも今のワイには経済的にも時間的にも余裕がない。また余裕が出てきたらそういう活動にも精出すわ✋」

 

くらいのスタンスがベストだと思う。これなら自分に余裕がないとき、他人に貢献しなくとも罪悪感に襲われるなんてことはなくなるだろう。

 

それに本当に他人に貢献したいと思っているのであれば、どういう状況でも自分に余裕を持たせる方法を模索してると思う。

 

人目なんかいっそのこと見えなくする

 

これは僕も実践している。僕の視力は非常に悪い。実際に3~4人に1人は眼鏡かコンタクトをしているくらいである。

 

僕は視力がアレなのにも関わらず、普段から眼鏡をかけていない。なので実際に面と向かい合わなければ、人の顔なんて一切視認できない。

 

だがむしろ、人目を気にしやすい僕にとっては、表情からないという状態かと都合い。

 

多少自分の身なりが変だとしても、大抵の人は表情は少し引き攣るにせよ、僕に絡んでくることはない。逆にそれで絡んでくる人なんて滅多にいない。いたとしたらそいつもきっと自分から見て変な人なんだと思う。しかし対処法はないので、通り魔にエンカウントしたと思って諦めよう。多分それで死ぬこと自体はないはず。

 

他人は責任を取らないと思い込む

 

他人様というのはいつも身勝手だ。ああした方がいい、こうした方がいいと言っておきながら、その責任なんか微塵も取ってくれない。

 

人目を気にして無駄に気を張って疲れてしまったとしても、向こうからは

 

「こっちはそんなの命令してない。お前が勝手に気を張って疲れ果ててるだけ!」

 

と言われるだけである。

 

他人の言うことを全く聞かないということはできないので、せめて言われたことを一度熟考した上で答えを出すべきだ。

相手が考える時間を奪ってくるような人であっても、思考は怠ってはならない。893やテロリストでもない限りはできるだろう。

 

親であっても他人は他人

 

相手が親であっても、自分にとって本当に必要なものがあれば、親の意見なんて無視すればいい。

所詮はなど、する家庭ったり、子持ちのステータスをたいがために、生老病死という概念付与したとんでもないエゴイストだ。

 

要するに一方的に親側の事情で産まれさせられたのだから、親に迷惑になるんじゃないかなんて一切気にしなくていい。むしろ迷惑をかけてしまっても全然構わないと思ってる。自分が幸せになるためであれば。

 

親ですら子どもの責任は取れないのだ。進路指導のときだって、

 

「あなたは文系には向かないから、理系にした方がいいわ!」

 

と言ったとして、子どもがその助言を受け入れた結果、勉強に付いていけなくなってしまいやがて留年、そして退学となってしまった。

 

その子の親は果たして責任を取るのだろうか。いや、取らないだろう。

 

「あなたが選んだ進路なのに!!それを蔑ろにするなんて何考えてるの!!!」

 

「え、でもお母さんが進路指導のとき理系にしろって…」

 

「私はあくまで提案しただけなの!!!!選択したのはまぎれもなくあなた自身なの!!!!!」

 

と、子どもを唆したことを棚に上げ、責任を子どもに全て上乗せするのだ。

 

どこの家庭でも大体こういうことはザラにある。親の言うことに全て反発しろというわけじゃない。親の言い分よりも重要なものがあれば、まずはそれに耳を傾けてはどうか。反発するのはそれからだ。

 

まとめ

 

人から嫌われても別に取って食われるわけでもないので、変に我慢して後で発狂するくらいなら、自分のありのままに行動しちゃえ♪

 

というのが主題な記事である。そしてそのための僕なりの方法も載せてある。読み返してみて、やはり少し毒気はあったかもしれないが、そんなこと気にしてたら記事も仕上がらない。

 

他者に見栄を張ったりするのは、自分に余裕があるときに存分にやったらいい。余裕がないときでも、他人重視で行動する人も世の中には多い。その結果、精神を病んだりする。なんてアホらしいんだ。とりあえず自分優先で動け。

 

視力が悪いと言うなら、いっそのこと眼鏡もコンタクトも外すのも1つの手だと思う。見えなければ周りの人の顔なんざ、気にすることすらできなくなるしね。

でも結構いろいろと危ないので、そこんところは注意されたし。

 

親であっても、他人というのはどこまでいっても他人だ。責任の「せ」の字も取ってはくれない。そんな他人に依存して、自分の「やりたいこと」「すべきこと」を抑制するくらいなら、そっちを優先しよう。

 

長くなったけど、ご愛読ありがとうございましたやで。