よろず屋ダイアリー

健常者もどきの20代♂による雑記

周りと比較して動けない人へ とりあえず井の中の蛙になってはどうだろう?


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他人と比較することで、人は自分の置かれている状況を客観視することができる。

 

それが向上心をもたらすのと同時に、悲観する要因を作り出したりもする。

 

 

「お、あいつらすげぇ!!よし、俺も頑張りますかねぇ!」

 

「あの人たちは俺よりずっと上手くやってる…。それに比べて俺はなんて駄目なんだ…!!」

 

 

比較の恩恵を受けるならば、なるべく前者の方を受けたい。しかし実際は後者の方を受けている人が多いと思う。僕もその一人である。

 

 

 

周りと比較すると悲観するがあまり、動けなくなってしまう人だっている。頑張れるなら問題ないが、そうでないなら井の中の蛙になってしまった方がマシだと思う。

 

まずは比較対象を視界に入れないようにした方が良いかもしれない。

 

 

他人にこれっぽっちも関心なんて持たなくても良いと思う

 

他人と比べない方法についてだが、簡単に言うと他人に興味を持たないことが圧倒的に楽だろう。

 

 

コンタクトや眼鏡をしている場合、基本的にそれを外した状態にしておく。人の顔を極力覚えないことだ。お互い何度も顔を合わせてしまえばそれまでだが、付き合いが短ければ有効である。

 

 

 

友だちは積極的に作ろうしない。相手からの会話は全て適当に対応しておけば、大抵は誰も自分に寄って来なくなる。成り行きで連絡先を交換することになっても、無理に返信する必要なんかない。無理に荒波さえ立てなければ、相手は勝手に諦めてくれるだろう。

 

 

逆に執着してくるなら、もう運がなかったと思った方が賢明だ。場合によっては警察など第三者に協力を仰ごう。

 

 

比較したいと思ったときにでも比較すればいい

 

他人と切磋琢磨し成長するのは立派なものだが、そこに比較が発生することで身動きが取れなくなるくらいなら、いっそのこと井の中の蛙になっても構いやしない。

 

 

 

実際に僕がそうだったわけだし、周りから何か小言を言われることもなかった。言われたとしても、僕の耳には入って来なかったので言われてないも同然だった。

 

 

 

 

それに今の時代なら、必要とあればいつでも他人と比較できる。SNSやブログ等で他人のアカウントを覗けばいいだけの話だ。

 

その際、なるべく自分より上の人でないと意味がないので、下には目を瞑ろう。

 

 

下を見て 笑うよりも 上を見て 絶望したい

「もっと」口癖がいい

<出典:歌詞タイム

 

絶望はしたくないが、かと言って笑っていたくもない。

 

 

最低限の常識だけは守ろう

 

誰とも比較しないままでいることは別に悪いことではないと思う。しかし多少は、社会常識等を知っておく必要はあるだろう。

 

 

目上の人には敬語を使うとか、順番抜かしをしないとか、人前でおならしないとか。

 

 

 

他人と比較しないということは、自分だけの世界に閉じこもりやすくなることを意味する。そのせいで、プライベートでの癖が外でも出やすくなるので、少し注意した方がいいかもしれない。

 

 

男性の方で小便するときに、ズボンを一番下まで下ろしてる人なんて要注意だ(流石にいないだろ!!)。

 

まとめ

 

他人と比較を強制されることで打ちひしがれている人は多いと思う。

 

そのため本来なら取り組めたことにも、人の目線を気にして取り組めなかったりすることがある。

 

 

 

井の蛙になったら、アドバイスや支援もないので難易度が高いと思われがちだが、その分自由があるので、実際はそんなに変わらない。合うか合わないかの違いでしかない。

 

 

 

他人が邪魔で動けないというなら、もういっそのこと蛙になってから何かに取り組めばいいと思う。学校など、今までずっと他人との比較に晒されてきたのだから、硬直しているよりも力を抜いた方が気分的にもスカッとするだろう。

 

 

 

 

他人と比較しないことは悪じゃない。むしろ比較してビビって何もできなくなる方がよっぽど悪だ。比較したくなったときに無理のない範囲で比較していけば良い。自分より下の人たちではなく、少し上の人に目を向けるべきだと思う。その方が多分頑張れるんじゃないか?